FIPの確定診断ができる検査は2つだけ

FIP(猫伝染性腹膜炎)を疑ったとき、「どの検査を出せば確定できるのか」は最も多い疑問のひとつです。結論から書きます。

FIPを確定できる検査は、原則として2つしかありません。
そして、そのどちらも血液検査ではありません。

FIPの確定とは、何を証明することか

FIPの確定診断とは、病変部のマクロファージ(大食細胞)の中に FCoV(猫コロナウイルス)抗原が存在することを証明することです。

FIPは、FCoVに感染したマクロファージが全身の血管周囲で化膿性肉芽腫性の炎症を起こす病態です。したがって証明の対象は「ウイルスがいること」ではなく、「病変部の細胞の中にウイルスがいること」になります。

ここから、確定に到達する経路は次の2つに絞られます。

経路 1

組織・細胞検体
+ FCoV免疫染色(IHC)

必要な検体
生検組織 または FNA(細針吸引)塗抹
位置づけ
ゴールドスタンダード

経路 2

滲出液の細胞診
+ FCoV免疫染色/RT-PCR

必要な検体
腹水・胸水・心嚢水
位置づけ
滲出型(ウェットタイプ)では第一選択

血液検体では確定できません。これは検査の精度や外注先の問題ではなく、FIPが血液の病気ではないことによる構造的な限界です(詳細は後述します)。

検査1:組織・細胞検体 + FCoV免疫染色

検体の採り方は2通り

A. 組織生検(切開・パンチ・Tru-cut)
感度・特異度ともに最も高い方法です。ただし全身麻酔または鎮静が必要で、重度の貧血や全身状態の悪化がある症例では麻酔リスクが高く、現実的でないことが多くあります。

B. FNA(細針吸引・Fine Needle Aspiration)
23〜25G(採血針と同程度の細さ)の針で細胞を吸引し、スライドガラスに塗抹して乾燥させる方法です。

  • 麻酔不要、所要1〜2分、侵襲は予防接種と同程度
  • 乾燥させたスライドを郵送すれば外注検査に出せる
  • 生検より感度は落ちるが、状態の悪い症例でも安全に実施できる

FNAの手順

  1. 標的を指で固定する
  2. 針を刺入し、小刻みに数回動かす(吸引をかける流儀とかけない流儀の両方があります)
  3. 抜針し、シリンジの空気で内容物をスライドに吹き出す
  4. 別のスライドで薄く伸展し、風乾する
  5. 未染色のまま外注、または院内でディフ・クイック染色

超音波が使えなくても狙える部位

超音波ガイド下の穿刺ができない環境でも、体表からの触診で到達できる標的があります。優先度は「肉芽腫 > リンパ節」です。FIPの病変本体は化膿性肉芽腫であり、リンパ節の腫大は反応性の二次変化にすぎないためです。

部位 触知性 備考
回盲結腸接合部の腫瘤(右下腹部) FIP肉芽腫の古典的な好発部位
腎表面の結節・輪郭不整 両側性のことが多い
腸間膜リンパ節 中〜高 削痩例では触知しやすい
腸管壁の限局性肥厚 ソーセージ状に触れることがある
皮膚の丘疹・結節(皮膚型FIP) 稀。あれば最も安全にFNAできる
膝窩リンパ節 末梢では最もFNAしやすい
肩前リンパ節 中〜高
下顎リンパ節 口腔内の炎症でも腫大するため特異性は低い

削痩は、触診にとっては有利な条件です。
皮下脂肪や筋量が減っているほど、腹腔内の病変は指に伝わりやすくなります。

ただし、腹腔内腫瘤のFNAは腸管や血管との位置関係によって実施の可否が分かれます。触知できても必ず穿刺できるとは限らず、その判断は術者に属します。

外注に何を依頼するか

細胞診(通常染色)
化膿性肉芽腫性炎の有無、腫瘍の除外、感染性因子の検索
FCoV免疫染色(IHC)
マクロファージ内のFCoV抗原を検出。陽性であればFIP確定

免疫染色は外注先によって対応の可否が分かれます。細胞診と同時に依頼できるか、事前の確認が必要です。

判定は非対称です

これはFIP検査を理解するうえで最も重要な点です。

陽性FIP確定(特異度が高い)
陰性FIPを否定できない

陰性になる理由は複数あります。穿刺した部位にたまたま病変がなかった、細胞が変性していた、抗原量が検出閾値を下回っていた。FNA検体は組織標本より感度が低く、これらはいずれも起こりえます。

注意

陰性を「FIPではない」と解釈すると、診断はむしろ後退します。依頼の時点で、この非対称性を主治医と共有しておくことをおすすめします。

検査2:滲出液の細胞診 + 免疫染色/RT-PCR

滲出液があるなら最優先

腹水・胸水・心嚢水が得られる症例では、これが最も確実で、かつ最も低侵襲な確定経路です。侵襲は穿刺のみで、麻酔は不要です。

現時点で滲出液が確認されていない症例であっても、少量でも存在すればそちらが最優先の検体になります。

超音波がない場合の検出

  • 腹部の波動感(ballottement)
  • 打診
  • X線での漿膜面の不明瞭化(すりガラス様)
  • 胸水では、呼吸様式の変化、心音・肺音の減弱

少量貯留に対する検出感度は、これらの方法では超音波に大きく劣ります。「触れない=ない」ではありません。

院内でできる評価

滲出液が採れたら、外注に出す前に院内で得られる情報があります。FIP滲出液の典型像は次のとおりです。

項目 FIP滲出液の典型
外観 淡黄色〜黄金色、粘稠。振ると泡立つ
総蛋白(TP) 3.5 g/dL 超(高蛋白)
A/G比 0.4未満(FIP滲出液の指標として有用)
細胞数 比較的低い(5,000/µL未満)。滲出液としては非典型的
細胞種 好中球とマクロファージが主体
リバルタ反応 陽性

リバルタ反応は、蒸留水に酢酸を加え、そこに滲出液を1滴落とすだけで実施できます。試薬も安価で、院内で完結します。陰性的中率が高いためFIPの除外に有用です(逆に、陽性は他疾患でも起こりうるため、それ単独では確定になりません)。設備の制約がある環境ほど価値の高い検査です。

外注に何を依頼するか

細胞診
化膿性肉芽腫性炎の確認、腫瘍・敗血症の除外
FCoV免疫染色
陽性であればFIP確定
FCoV RT-PCR(滲出液)
陽性はFIPの強い支持。血液のRT-PCRとは診断価値がまったく異なります

RT-PCRは、同じ検査名でも検体によって意味が変わります。
滲出液・組織 → 診断価値が高い
血液 → 診断価値が低い

「確定できる」と誤解されやすい血液検査

以下はいずれも、FIPを確定できません。支持材料、あるいは除外材料にとどまります。

検査 実際に分かること 誤解されやすい点
FCoV抗体価 FCoVへの曝露歴のみ 多頭飼育環境では大半の猫が陽性。陽性はほぼ無情報。陰性であればFIPの可能性を大きく下げる消去法的価値はある
FCoV RT-PCR(血液) 血中ウイルスRNAの有無 FIPでもウイルス血症は間欠的・低量で感度が低い。健康なFCoV感染猫でも陽性化しうる
Sタンパク変異PCR(M1058L など) 特定変異の有無 「FIP確定検査」ではない。同変異は健康猫の組織からも検出される。FIP発症の必要条件でも十分条件でもない
血清蛋白電気泳動 多クローン性高γグロブリン血症の確認 支持材料
α1-AG(α1-酸性糖蛋白) 炎症活動性の定量 支持材料。SAA測定不能な施設での代替として有用
A/G比、GLOB FIPの強い示唆 確定ではない
よくある誤解

Sタンパク変異PCRを「FIP確定検査」として説明する情報は、日本語圏で特に広く流布しています。検査を依頼する側・受ける側の双方にとって、明示的に訂正しておくべき論点です。

確定に到達できない場合をどう考えるか

現実には、乾性FIP(ドライタイプ)で、生前に免疫染色まで到達できる症例は少数です。実際に行われているFIP治療の多くは、確定診断を経ずに、臨床所見の総合によって開始されています。

これは理想的な状態ではありません。しかし、確定を追い求めて時間を消費することが、必ずしもその猫の利益にならない場面があるのも事実です。特に貧血や全身状態の悪化が進行しうる状況では、確定の追求と治療開始のタイミングはトレードオフになります。

現実的な順序としては、次のようになります。

  1. 治療可能な併存病態・代替病態を先に拾う(ヘモプラズマPCR、生理食塩水スライド凝集試験、血液塗抹の鏡検、スピンPCV など)
  2. 触知できる標的があれば、そのFNAを追加する(空振りでも損失はありません。追加の採血も麻酔も不要です)
  3. 滲出液があれば最優先で穿刺する
  4. いずれも得られなければ、臨床診断としてFIP治療の判断に進む

獣医師への依頼文例

そのまま使える形で書いておきます。読み方の難しい語には、ふりがなを付けました。

腹部ふくぶ触診しょくしんと、末梢まっしょうリンパせつ膝窩しっか肩前けんぜん下顎かがく)の確認をお願いできますか。

腫瘤しゅりゅうれたリンパ節が触れるようでしたら、その場でFNAを取って、細胞診さいぼうしんに出していただけますか。

FIPを疑っているので、可能であれば FCoV の免疫染色めんえきせんしょくも一緒にお願いしたいです。

もし腹水ふくすい胸水きょうすいがあるようでしたら、そちらの穿刺せんし優先ゆうせんしていただければと思います。」

ふりがなは読み手向けの補助です。実際に口頭で伝えたり、メモとして病院に渡したりする際は、ふりがな部分は不要です。

事前に確認しておきたいこと

  • 外注先が FCoV免疫染色 に対応しているか
  • 滲出液が得られた場合、RT-PCR も併せて依頼できるか

まとめ

  • FIPの確定とは、病変部マクロファージ内のFCoV抗原を証明すること
  • 経路は2つ:1. 組織/FNA + 免疫染色2. 滲出液の細胞診 + 免疫染色/RT-PCR
  • 血液検体では確定できない(Sタンパク変異PCRを含む)
  • 陽性は確定、陰性は否定にならない(非対称)
  • 超音波が使えなくても、触知できる肉芽腫・リンパ節、あるいは滲出液があれば確定に到達しうる
  • 到達できない場合も、臨床診断による治療判断は成立する

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の診断・治療を推奨するものではありません。個々の症例における診断・治療の最終判断は担当獣医師に属します。気になる症状がある場合は、必ずかかりつけの動物病院にご相談ください。